この記事は、八千草薫さんがご存命だった2018年に公開したものです。八千草薫さんは2019年10月24日に88歳で亡くなりました(東京都の名誉都民顕彰者一覧に「令和元年10月24日逝去」と記載されています)。以下は、当時の内容を現在の事実に合わせて書き直したものです。

 

八千草薫(やちぐさかおる)さんは、2018年4月からスタートしたドラマ「執事西園寺の名推理」で、西園寺が仕える奥様・伊集院百合子を演じた女優です。
今回は、八千草薫さんの若い頃の写真と経歴を、東京都・日本アカデミー賞・放送ライブラリーなどの公的な記録で確かめながらまとめました。


 


八千草薫ってどんな人?

 

八千草薫さんのプロフィール

生年月日:1931年(昭和6年)1月6日

没年月日:2019年(令和元年)10月24日(88歳)

血液型:O型

身長:154㎝(公称)

本名:谷口瞳(たにぐちひとみ)

旧姓:松田

出身地:大阪府

 

八千草薫さんは、プール女学院在学中に宝塚音楽学校に合格し、1947年に宝塚歌劇団に入団します。

その頃の八千草薫さんはたいへん美しく、その美貌だけで一躍スターに上り詰めるほどであったといいます。お嫁さんにしたい有名人のアンケートでも、何度も1位に輝いたそうです。

八千草薫の宝塚時代の写真(画像)|若い頃の姿

そしてこれが八千草薫さんの宝塚時代の写真です。

宝塚時代八千草薫

こちらは21歳のときの八千草薫さん、「ジャワの踊り子」を宝塚で演じたときの写真です。

八千草薫ジャワの踊り子21歳宝塚

八千草薫さんの若い頃のお顔は、本当に整っていますよね。

なお「若い頃の八千草薫さんは綾瀬はるかさんに似ている」という声を見かけることがありますが、八千草薫さん本人や所属事務所、綾瀬はるかさん側がそう語った記録は、公式サイトや公的な記録では確認できませんでした。見た人の感想として広まっているものなので、上の写真をご覧になって判断していただければと思います。

八千草薫さんは、幼い頃お父様を亡くされ、母一人子一人で育ちます。

思春期が戦時中で、自宅も空襲で焼けたそうです。

そのため、華やかな、色のある夢の世界に憧れていたそうです。

宝塚歌劇団に入団した頃は「分福茶釜」のたぬきなど、コミカルな役を当たり役としていましたが、1952年「源氏物語」の初演で、可憐で無垢な若紫を見事に表現し、絶大な評判と人気をえました。

若紫役の八千草薫さん(左)

若紫八千草薫

それ以後は、美貌・清純派の娘役として宝塚の一時代を風靡しました。

宝塚時代から東宝映画等に出演し、退団後は、テレビドラマでのおっとりした良妻賢母役が好評で多くのドラマに出演しました。

30歳の頃の八千草薫さん。

30歳位の八千草薫

そして、1977年の「岸辺のアルバム」では、家族に隠れて不倫する主婦役で、従来のイメージをひっくり返し、テレビドラマ史に残る名作となりました。

放送ライブラリー(放送番組センター)の番組記録によると、「岸辺のアルバム」はTBSテレビの金曜ドラマとして1977年6月24日から全15回放送され、テレビ大賞とギャラクシー賞を受賞しています。

プライベートでは、1957年に映画監督の谷口千吉(たにぐちせんきち)さんと結婚しました。

谷口千吉さんは1912年2月19日生まれで、東京都出身です。

二人は親子ほどの年の差があり、谷口さんは3度目の結婚でしたので、当時、多方面で話題、波紋を呼びました。

お二人の間にお子さんはありませんでしたが、おしどり夫婦として知られ、結婚50年目の2007年10月29日、谷口さんが95歳でお亡くなりになるまで連れ添いました。

八千草薫さんの趣味は山歩きでした。健康的ですよね。この趣味のおかげか、80歳を過ぎても背筋がピンと伸びた姿が印象的でした。

ソニーミュージックの公式プロフィールには、1985年から1993年まで自然環境保全審議委員会を務めたと記載されています。

八千草薫さんは、映画やドラマで数々の賞を受賞するだけではなく、

1986年菊田一夫賞、

1987年都民文化栄誉賞、

1991年NHK放送文化賞、

1995年文化庁長官表彰、

1997年に紫綬褒章、

2003年に旭日小綬章、

2015年に名誉都民

 

を受賞しています。

このうち1986年の菊田一夫賞・1987年の都民文化栄誉賞・1991年のNHK放送文化賞・1995年の文化庁長官表彰・1997年の紫綬褒章はソニーミュージックの公式プロフィールに、1997年の紫綬褒章と2003年の旭日小綬章は日本アカデミー賞公式 第40回のページに「97年紫綬褒章、03年旭日小綬章を受章」として、2015年の名誉都民は東京都の名誉都民顕彰者一覧(平成27年10月1日顕彰)に、それぞれ記載があります。

日本アカデミー賞では、第27回(2004年)に「阿修羅のごとく」で優秀助演女優賞、第40回(2017年)には会長功労賞を受賞しています。第40回の公式ページでは「デビュー時は清純派の娘役、後年は、おっとりとした良妻賢母役で定評があった」と紹介されました。

八千草薫さんは2019年10月24日に88歳で亡くなりました。80歳を越えてもなお美しく、上品で優雅な奥様そのものの雰囲気は、最後まで多くの人の憧れでした。

こんなふうに年を重ねていけるというのは素敵だな、と思わせてくれる女優さんでした。

この記事で確認した日と出典

本文の年月日・受賞歴は、2026年8月25日に次の公式・公的な記録で確認しました。

・東京都 名誉都民顕彰者一覧(本名・生年月日・逝去日・名誉都民の顕彰年月日)

・放送ライブラリー「金曜ドラマ 岸辺のアルバム〔15・終〕」(放送局・放送年月日・受賞)

・日本アカデミー賞公式 第27回/同 第40回(受賞年・賞名)

・ソニーミュージック 八千草薫 公式プロフィール(本名・宝塚退団年・受賞歴・自然環境保全審議委員会)