「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家・野崎幸助さんは、2018年5月24日に77歳で亡くなりました。
和歌山県警は2018年6月6日、死因を急性覚醒剤中毒と発表しています(出典:日本経済新聞 2018年6月6日)。
この記事はもともと、亡くなった直後の2018年6月に書いたものです。
当時は「妻は誰なのか」「子どもはいたのか」「遺産は誰が受け継ぐのか」が話題になっていましたが、その後に刑事裁判と遺言書をめぐる裁判が起きました。
そこで、その後に報道で分かったことに合わせて、記事全体を書き直しました。
野崎幸助さんはどんな人だった?
最初に野崎幸助さんがどんな人だったのかを紹介します。
生年:1941年(2018年5月24日に77歳で死去)
出身地:和歌山県
職業:酒類販売業・不動産業・金融業など(亡くなった当時は酒類販売会社の社長)
野崎幸助さんは中学卒業後、酒類販売業や不動産業、金融業などで財を成した人です(出典:日刊ゲンダイDIGITAL 著者紹介)。
『紀州のドン・ファン』という名前の本も出していて、この呼び名で広く知られていました。
当時、情報番組の取材では次のように話していました。
私の年収は億を超えています。
贅沢には興味はないけど女性にはその分お金を使います。
野崎幸助さんの妻は誰?その後の裁判は?
次は野崎幸助さんの妻と、その後の裁判について紹介します。
野崎幸助さんは亡くなった当時、結婚していました。
この記事を最初に書いた2018年6月の時点では、妻について詳しいことは分かっていませんでした。
その後、元妻は野崎幸助さんの死亡をめぐって殺人などの罪に問われました。
ただし裁判では、次のように一審・二審とも無罪の判決が出ています。
・2026年3月23日 大阪高裁が検察の控訴を棄却し、二審も無罪
・2026年4月6日 大阪高検が最高裁へ上告
大阪高裁は、致死量を超える覚醒剤を摂取させることは容易ではなく、野崎さん自身が覚醒剤を入手した可能性も否定できないとして、「被告が犯人であることの証明がない」とした一審の判断は不合理とは言えないと判断しました(出典:時事ドットコム 2026年3月23日/日本経済新聞)。
上告されたため判決はまだ確定していません。
最高裁の判断を伝える報道は見つかりませんでした。
野崎幸助さんに子供はいた?
次は野崎幸助さんに子どもがいたのかについて紹介します。
2018年当時、子どもがいるのではないかという噂もありましたが、子どもがいたと伝える報道は見つかりませんでした。
その後の遺産をめぐる裁判で、遺言書の無効を訴えたのも野崎幸助さんの兄らでした(出典:時事ドットコム 2025年9月19日)。
野崎幸助さんの遺産は誰が相続する?
最後は野崎幸助さんの遺産を誰が受け継ぐのかを紹介します。
2018年当時は「事件性がなければ遺産は妻に入るのでは」と言われていましたが、その後、野崎幸助さんが遺言書を残していたことが分かりました。
・遺産の額:約13億2千万円
・2024年6月21日 和歌山地裁が遺言書を有効と判断
・2025年9月19日 大阪高裁も有効と判断し、兄らの控訴を棄却
・2025年10月1日 親族側が最高裁へ上告
(出典:紀伊民報 2024年6月22日/時事ドットコム 2025年9月19日/和歌山放送ニュース 2025年10月2日)
遺言書が有効と確定すれば、遺産は田辺市に寄付されることになります。
ただし一審判決の時点で、法律上は元妻が遺産の半分を請求できる権利(遺留分)があると報じられていました(出典:紀伊民報 2024年6月22日)。
こちらも上告中で、最高裁の判断を伝える報道は見つかりませんでした。
田辺市が実際にいくら受け取るのかは、2つの裁判の結果しだいです。
まとめ
以上、今回は
- 野崎幸助さんはどんな人だった?
- 野崎幸助さんの妻は誰?その後の裁判は?
- 野崎幸助さんに子供はいた?
- 野崎幸助さんの遺産は誰が相続する?
について紹介しました。
野崎幸助さんは2018年5月24日に77歳で亡くなりました。
元妻は一審・二審とも無罪、遺言書は一審・二審とも有効と判断されましたが、どちらも上告されていて確定していません(2026年9月16日確認)。
ご冥福をお祈りします。

